侍を語る記

史跡と人物をリンクさせるブログ

演出の忠臣蔵と本音の赤穂事件 その1

時代劇の定番にして、出尽くした感が強い「忠臣蔵」。

浅野側を「善玉」・吉良側を「悪玉」とした明確な勧善懲悪設定のもとで、討ち入った赤穂義士には毎回喝采が沸き起こる。

そもそも、この有名なストーリーは歌舞伎を上演するにあたり、幕府の目を憚って塩冶判官と高師直に置き換えた南北朝時代の設定で繰り広げられてきた。足利尊氏の腹心で、敵には恨まれ、味方にも恐れられた高師直は、そういった意味では格好の悪役であった。個人的には、その師直を配された吉良にはいささか同情する。

栃木県足利市菅田町 菅田山光得寺 高師直供養塔f:id:shinsaku1234t501:20170310145748j:image実際の吉良義央は地元の三河吉良では名君と慕われる一面を持ち、風雅の道にも長けた人物でありながら、なにせ高師直なのである。この歌舞伎の演出が、数百年間にわたって吉良義央の人物像を歪曲し続けたことは間違いない。

昨今では、そのイメージを見直そうとする小説や研究も多々発表されているが、なお恐ろしいのは演劇となると吉良を主役、もしくは擁護する作品はない。それほど吉良の事情や心理から赤穂事件を描くことは難しいものなのか。かろうじて、吉良も犠牲者だという視点で描く作品では、必ずといっていいほど幕府(徳川綱吉柳沢吉保ら)を黒幕とする形になる。